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〈ビジネスから予測する 宇宙と人類の未来・前編〉宇宙飛行士に聞く

宇宙インターネットや衛星データ解析、スペースデブリ、そして、国内外でブームになりつつある民間人による宇宙旅行。

宇宙が切り拓く人類とビジネスの可能性について、前編では日本人初の宇宙飛行士として活躍し、日本科学未来館の名誉館長でもある毛利衛氏を迎え、宇宙飛行の体験者からの視点で語ってもらった。

※この記事は前編です。後編はコチラ

Text:Kumiko Suzuki,Natsuko Sugawara
タイトル写真:アフロ

毛利 衛(もうり まもる)宇宙飛行士/科学者
1948年、北海道生まれ。北海道大学助教授を経て、1985年に日本人初の宇宙飛行士に選抜される。1992年、スペースシャトル「エンデバー号」に搭乗、日米が開発した実験装置を使用して宇宙空間の特性を利用した実験を軌道上で実施。2000年には2度目の搭乗を果たし、地球観測を目的としたミッションを実施。同年、日本科学未来館の初代館長に就任。著書に『わたしの宮沢賢治 地球生命の未来圏』(ソレイユ出版)など多数ある。

宇宙飛行士に聞く
〝 宇宙が切り拓く人類の可能性〟

人工衛星による情報収集が
宇宙ビジネスを変えていく

人類の進化やテクノロジーの発展、AIの飛躍など、さながらSFX映画のような時代の到来が現実味を帯びてきた昨今。さまざまな宇宙産業のニュースが後を絶たないが、そのなかで毛利衛氏が注目しているのは、人工衛星を利用した情報ビジネスだという。

「かなり前から気象予報や通信、地球観測などの分野で、人工衛星を使ったビジネスが進んでいます。これらの宇宙から情報を得るビジネスには、センサーによる情報の取得やコンピュータによる解析能力、また人工知能による応用などがあり、急速に需要が高まっています」

「特に地球環境にこれ以上負担をかけない農業や漁業による食料の増産、宇宙からの高精細な三次元地理情報による住みやすい都市の建設、輸送車の自動運転による効率化など、新しいビジネスが増えつつありますね」

具体的に例をあげると、ワイナリーがある。例えばピノ・ノワールなら、どの山のどの斜面が生育に適しているか、ということを人工衛星からの事細かい情報をもとに、年間をとおして知ることができる。実際に温暖化によるぶどうの質の変化を察知し、山梨や長野から北海道に移り住むワイン生産者も増えている。

ワイナリーに限らず、米の生育や魚の捕獲にも人工衛星からの情報が欠かせないものとなっており、農業や漁業の支えとなっている。

「日本の人工衛星のレベルは、世界のなかでもトップクラスです。農業においては自動運転の技術にも使われています」

「実際に活用しているのは、つくば市にある国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構ですね。トラクターや耕運機を自動運転で動かして実用化しています」

「それと、日本の技術で特に進んでいるのは、もしかしたら漁業に関することかもしれません。どこにイワシの大群がいるとか、海の表面の温度変化とか、プランクトンによって海の色がどう変化するかなど、さまざまな観測に使われていますよ」

2000年、「エンデバー号」に搭乗してSTS-99の観測ミッションを遂行した毛利氏。
2個の大きなレーダを同時に使い、わずか11日間の飛行で陸地のほとんどを測定したという。
©JAXA

この宇宙から得られる情報ビジネスに多大な貢献をしているのは、実は毛利氏が2000年に「エンデバー号」に搭乗した際の、観測ミッションだ。

「私が関わったのは、STS-99というアメリカ航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル・ミッションでした。SRTMと呼ばれる装置により地球の立体地形の精密な三次元観測を行うことだったんです」

「それまでは月のデータはあっても地球のデータをひとつに集約したものはなかった。個々のローカルデータはあったのですが。この高精細な立体地形図を作るためのデータ収集が、2回目の飛行の主なミッションでした」

毛利氏が観測ミッションでもたらしたデータは、今では誰もが暮らしに欠かせないものとなっている。アメリカ企業のGoogleマップをはじめ、不動産や航空など地理空間情報が必要な世界中の業界にそのデータが利用されたからだ。

「基本的にデータはオープンなんです。さっそくトラック輸送業者が燃料の節約ができたと感謝してくれた。仮にどんなに精密なデータがあっても、それを使う人がどれだけ応用できるかにかかってくる」

「技術があっても使いこなさなければ意味がない。また、コストがかかりすぎてもビジネスにはつながりません。ただ宇宙に行くことだけでなく、こういった宇宙からの情報をいかにうまく利用するかが、ビジネスの根源になっていると思います」

強い意思をもっていれば
可能性もつきることがない

「宇宙旅行のビジネスはすでに始まっています。安全性の保障と費用の高さに関しては、成立するにはしばらく時間がかかると思いますけれど」

近年、国内外でブームになりつつある民間人による宇宙旅行について、自分自身が宇宙飛行の経験をもつ視点から、毛利氏はこう解説する。

「人間は科学技術を進歩させることによって、100年ほど前に飛行機を生み出し、鳥のように飛べるようになりました。さらに60年ほど前には、ほかの生物では成し遂げられなかった、空気のない宇宙にも行けるようになりました」

「今は、飛行機による世界旅行なら、お金をかければ誰でも可能な時代です。これまで宇宙開発は、どの国も国家事業として開発してきましたが、21年から宇宙旅行には民間人でも行けるようになりました」

「今はまだ莫大な費用がかかりますが、将来的には飛行機と同じように、誰でもある程度の費用で旅行できるようになるでしょう」

そして民間人が宇宙に行ける頃には、宇宙飛行士もさらにアップデートしているだろうと予測する。

「民間人が参加できるようになる頃には、宇宙飛行士は月や火星など未知への開拓者として挑戦していると思います。意思があれば、とどまることのない可能性が待っています」

スペースシャトル「エンデバー号」のカーゴベイと、宇宙空間に浮かぶ美しい月と地球。
秒速8㎞で飛行するスペースシャトルは、わずか90分で地球を1周する。
©JAXA

残念ながら現在はロケットの打ちあげコストが高く、ほんの一握りの人だけにしか許されていない。だが、宇宙ビジネスに投資する人が増えて、その費用で技術開発ができれば、一気にコストを下げることも可能かもしれない。

もしいつか、誰もが宇宙旅行に行けるようになったら、人類がこの限られた地球でどのようにすれば持続的に生きていけるのかを考えて、地球にもち帰って還元してほしい、と語る。

「宇宙に行くと改めて地球のすばらしさを実感できます。人間が生きられるのは、地球のごく表面の空気があるところだけ」

「地球のまわりを回ると、地球全体のことや、他国や人類のことまで思いやらなくては、という気持ちになります。その気持ちをぜひ、みなさんにも体験してほしいですね」

宇宙に関わっていると
ビジネスの本質が見えてくる

毛利氏の地球全体を見つめる温かな視点、自分だけでなく他人や人類を大切にするという真摯な想い。それは、ビジネスについても同様だ。

「宇宙に行く目的は、行くことだけではなく、行って何を得るのか? ということだと思います。地球の大切さをわかって初めて、では地球でどうすればうまくいくか、と考えることができます。自分が幸せに生きる、そしてその幸せを社会に反映していくことでビジネスが持続的に成り立ちます」

「宝くじに一度当たっただけのような一発当てでは、継続的にうまくいきません。長く続くビジネスというのは、社会の将来に役立つもの。もし役に立たなくなったら、もうビジネスとしてその時点で必要がなくなります」

とあげてくれたのは、江戸時代から続く職人たち。その伝統や知恵、技術は今日でもビジネスとして成り立っている。これは、活用原理を理解しているからこそだ。宇宙ビジネスにおいても同じことがいえる。

持続的にお金を儲けられるか、というのはとりもなおさず、社会の役に立つか、持続できるか、ということがビジネスの重要なカギとなる。

重力がほぼない宇宙では、筋肉や骨が衰えないようエクササイズが必須。
「宇宙飛行士は職業。危機管理ができる人でないと務まりません。
常に死と隣り合わせの環境ですから」
©JAXA

「私たちの身近な例でいうと、スマートフォンですね。わずか十数年ほど前に誕生して、ますますビジネスに欠かせなくなってきました。例えば、2011年に起きた東日本大震災のときに、これがあったから生き延びられたという人もたくさんいます。悪用する人もいますが」

「新しいものを発明して、たくさんの人が生き長らえるために貢献すれば、ビジネスとして続く。スマートフォンは人類の持続性と社会にとって情報を与えてくれる必須アイテム。宇宙はそういった日常生活に不可欠な情報を与えてくれる。多くの人が長く生き続けるようにするというのが、本当のビジネスだと思います」

宇宙からの情報を活用すること、持続性を保つこと、そして他人や人類を大切にし、人々が生き長らえるように社会に貢献すること。これが毛利氏のめざすビジネスの形だ。それが実現する日も近いかもしれない。


〈ビジネスから予測する 宇宙と人類の未来・後編〉新たな宇宙ビジネス はコチラ


※インタビュー掲載の情報は2022年2月1日現在のものとなります。


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