今だからこそ、ラジオ
心に届く言葉のチカラ

ラジオの電波に乗って聴こえてくる言葉や音楽には、私たちの心を癒やし、楽しませ、勇気づける力がある。AIとIoTによるデータドリブンなタッチポイントが増えてくる現代社会には、想定外の驚きと発見を与えてくれるラジオが必要だ。今、その価値が再認識されているラジオの可能性を探っていこう。
text: Rie Tamura

ラジオの現在地と未来設計図
無限大に世界が広がるラジオの魅力

パソコンやスマホがあれば、どこでも聴ける。「radiko」のタイムフリーやエリアフリー機能を駆使すれば、好きな時間に、エリア外の番組までもが聴ける。この十数年でラジオは大きな進化を遂げ、より身近な存在となった。今回はFMラジオ局J-WAVE(81. 3FM)の松尾健司氏とともに、ラジオの魅力を考えてみた。

人の心に寄り添うソーシャルグッドなメディア

コロナ禍の今、ラジオを聴く人が増えている。国内のネットラジオ最大手「radiko(ラジコ)」の月間利用者数は、2020年3月に急増し、1000万人に迫る勢いだ。FMラジオ局J-WAVEのエグゼクティヴプロデューサーである松尾健司氏は、番組制作の現場でリスナーの増加を肌で感じているという。「ラジコの利用者数を見ても、一番多かったときで前年比約30%増。そのうち少なくとも10%は、リスナーとして定着してくれたという手応えがあります。ニューノーマルでテレワークが浸透し、在宅勤務のお供に視覚を奪わない『ながらメディア』のラジオを選ぶ方が増えたのが大きいと思います」松尾氏によれば、ラジオの役割は「正確な情報を伝えること、人の心に寄り添うこと」。その意識を強めるきっかけとなったのが、東日本大震災だ。

「生放送中に地震が起こり、どういう放送を続けていけばいいか悩みました。もちろん情報を発信していくことも必要ですが、リスナーから多く寄せられたのが、『同じ時間に同じ人の声が、いつもと同じように聴こえてくる。不安の中、それが心に響きました』というメール。3・11を境に、各ラジオ局は世の中にとって良いメディアでありたいという『ソーシャルグッド』の意識を強くもつようになりました」。

20年4月1日、J-WAVEは「#音楽を止めるな」プロジェクトをスタートさせた。コロナ禍で大打撃を受けた音楽、アーティスト、ライブハウスを応援する試みだ。「僕たちはいつも音楽からパワーをもらって放送をしてきたので、音楽業界に恩返しをしたかったんです。今できることをとにかく早くやる、考えなら走ると決めて、『#音楽を止めるな』の傘の下、さまざまなことを実施しました。チャリティTシャツの販売に始まり、緊急事態宣言下の昨年のゴールデンウイークには、ステイホームを呼びかける音楽フェスを15時間の特番として放送し、投げ銭のシステムも取り入れました。集まったお金はライブハウスやアーティスト、医療従事者支援に充てられ、僕らもソーシャルグッドなことができたかなと感じています」金銭的なチャリティだけではない。特番に対するリスナーの反響は大きく、「ラジオから生の音楽が聴こえてきて涙が出た」という声も。音楽やラジオが人の心に寄り添えるものだという実感を得た、と松尾氏は語る。ラジコの聴取者数は、J-WAVEの番組史上最多を記録したという。「J-WAVEでは『リクエスト』という言葉を使っていないんです。『皆さんのミュージックシェアをお寄せください』。つまり、自分が聴きたい曲ではなく、みんなと共有したい曲ということ。ラジオは1対1のメディアではあるけれども、それと同時に1対nというか、みんなと横につながっているような連帯感があると思っています」。

音楽の力だけでなく、ラジオがもつ言葉の力にも、毎日のように勇気づけられているという松尾氏。「ある番組で『私の地味自慢』を募集したんですが、エンディングでナビゲーターが『でも地味っていうのはいつか絶対、形になるもんね』と言ったのです。それまでの地味でクスッと笑えるメールが、すごくいい言葉に昇華したなと思いました。ラジオは映像がない分、いろいろなことを想像できるし、それを自分に置き換えてみようとする。聴こえてきた言葉がすべてではなくて、その周りは無限大。欠けているからこそ魅力的。それがラジオです」では、ラジオの未来はどうなっていくのだろうか。「放送という核はありつつも、その枠からどんどん外れていく気がします。J-WAVEは、新しいオーディオコンテンツ市場の創造が課題ですし、別にラジオ受信機から流れなくてもいい。いろいろなところに蛇口を増やしていかなきゃいけない。スマホやスマートスピーカーなど最先端の機器でラジオが聴けるということは、やっぱりまだ可能性はあるし、オールドメディアではなく、『OLD but NEWなんだ』という気持ちでやっていこうと思っています」。

脳を鍛えるためには、多くのトレーニング法があるが、ラジオの継続的な聴取もそのひとつだ。耳から音声情報だけを取り込むラジオは、脳の「聞く力」、さらには脳全体に働きかけるという。脳科学の視点から、ラジオの有益性を探っていく。

コミュニケーションは脳の「聞く力」が出発点

「脳の『聞く力』を強化すると、脳全体が鍛えられます」脳の画像を分析する医療機器MRIを用いて、1万人以上を診断、治療してきた脳内科医の加藤俊徳氏は、「聞く力」の重要性を説く。その原点は、自身の幼少期からの苦い体験にあったという。
「他者の言葉を聞いてそのまま記憶するのが苦手で、勉強には相当苦労しました。その悩みを解決するため、医者になって脳を科学的に研究しようと思ったわけです」MRIの本場であるアメリカへ渡り、最先端の知見を得た加藤氏。30年に及ぶ研究の末、自分に「聞く力」が欠如している原因は、脳の「聴覚系」と「記憶系」の連結が未発達であるためだと突き止めた。「脳は、左脳と右脳で合わせて約120の区画に分かれています。
私はこれを『脳番地』と名づけ、機能ごとに8つに分類しました」。上図の8系統の脳番地のうち、加藤氏が最も重要視しているのが聴覚系脳番地だという。聴覚系はほかの脳番地と密接に関わっているからだ。
例えば、私たちは人と会話するとき、まず聴覚系で言葉を認識し、理解系で相手の話の意味を理解する。そして、思考系や感情系で判断を下し、伝達系で相手に自分の意図を伝えたり、運動系で行動を起こしたりする。すなわち、聴覚系は人間のコミュニケーションの出発点となるわけだ。「テレビやスマホなどの映像系メディアが主流の現代では、脳の発達の比重が視覚系に偏ってしまい、言葉の情報の入口である脳の『聞く力』が軽視されています。そこで、聴覚系脳番地を鍛えるために最適なツールが、ラジオなのです。
ラジオの継続的な聴取が学力向上、認知症予防に

ラジオを継続的に聴取すると脳が成長する。このことを世界で初めて実証したのが、加藤氏監修によるラジオの聴取実験だ。大学生8名に一ヵ月間、毎日2時間以上ラジオを聴いてもらい、その前後でMRI脳画像を比較、分析したところ、4名の聴覚系脳番地が成長した。イメージ記憶を司る記憶系脳番地に至っては、8名全員に成長が見られた。その活性エリアは、最大で2・4倍にも拡大したという。「イメージ記憶は視覚に関わる働きですが、音声情報だけのラジオを聴き続けることにより、脳の中にイメージとして視覚情報が構築され、刺激が与えられたのです。
言葉を想像力で補完する脳の働きが強化され、右脳の記憶系脳番地が活性化した、と考えられます」「聞く力」の向上は、こどもの学力アップにもつながるという。学校の授業は音声情報が主体であり、耳で聞いて理解する必要があるからだ。また、高齢者においては「聞く力」の衰えが認知症の進行を招く、と加藤氏は指摘する。「ラジオで脳の『聞く力』を向上させるために大事なことは、聴き続けること。そうすれば、年齢に関係なく脳は成長し続けます。新鮮なことが飛び込んでこないと、脳は楽をするんです。
だから、出演者が何を話すかわからない、会話の自由度が高いラジオは、常に新しい情報をもたらし、脳を刺激します」番組に投稿したり、感想をSNSで発信したりして積極的に関わることも良い聴き方だそうだ。「コロナ禍で孤立していても、ラジオは人と接しないと刺激されにくい感情系脳番地をも活性化させ、心地よさを与えてくれます。また、テレワークでの脳の切り替えにラジオを活用すれば、集中力の向上が期待できます」番組欄を見て、ジャンルや出演者から聴きたい番組を選ぶこと自体が脳を生き生きさせる、と加藤氏は語る。集中して聴くもよし、ながら聴きするもよし、ラジオは手軽に脳トレができるツールなのだ。

ラジオから流れてくるトークや音楽には、思いがけない出合いがある。常に刺激を求める脳に新たな情報をもたらし、思考を促してくれる良質なラジオ番組を紹介しよう。

   
経済の専門家の助言からマネーリテラシーを身につける
ザ・マネー


東京市場の取引終了後のホットなマーケット情報に加え、不動産・FX・CXなどマネーに関する幅広い情報を提供する番組。日替わりのパーソナリティが、投資戦略や金融商品選びのヒントを解説する。マーケットの「今日はどうだった? 明日はどうなる?」を初心者にもわかりやすく伝えてくれるため、投資の判断材料として役立つ。専門家の考え方を学び、マネーリテラシーの向上をめざそう。
   
最先端テクノロジーに触れてビジネスの新しい発想を得る
INNOVATION WORLD


テクノロジーの進化は、急速にさまざまな分野をイノベーションしていく。開発ユニット、AR三兄弟の川田十夢とラジオAIアシスタントTommy が、各界を代表するイノベーターやクリエイター、ベンチャー起業家などをゲストに迎え、イノベーションが創りだす未来を探っていく番組。世の中を変えるパワーをもつテクノロジーの最先端に触れて、ビジネスに生かせる新しい発想を得よう。
   
悩みごとの解決法を思考することで自分自身の心と向き合える
テレフォン人生相談


1965年の放送開始から50年以上続く、ニッポン放送の長寿番組。リスナーの電話相談に対し、パーソナリティと各分野の専門家が厳しくも温かい言葉で答えていく。相談の内容は、金銭や相続などの法律問題から、健康、育児、介護、生き方に関する悩みまで多岐にわたる。真剣に悩む相談者に、自分ならどんな言葉をかけられるかと、考えながら聴くことで、自分自身の心と向き合うことができる。
   
ノンジャンルの癒やしの音楽が新たな扉を開く
世界の快適音楽セレクション


アコースティックギターデュオのゴンチチ(ゴンザレス三上、チチ松村)を案内役に、毎回ユニークなテーマと切り口で、世界に散らばる心地よい音楽を紹介する。クラシックからワールドミュージック、ジャズ、演歌、歌謡曲まで、国や時代、ジャンルを越えたとっておきの音楽と、独特な語り口の痛快なトークが魅力。これまで聴いたことがない音楽との出合いが、新たな扉を開いてくれるはず。

コロナ禍の人々を救うソーシャルグッドな企画や、放送の枠を越えた新しい市場の開拓。社会の変化やリスナーのニーズに合わせて、進化していくラジオの新しい試みを見ていこう。

   
TEAM J-WAVE ACTION FOR TOMORROW、渋谷のラジオ オープンマイク

コロナ禍のお店をラジオで応援

コロナ禍で苦しい経営を強いられている飲食店や会社に対し、ラジオ各局は応援企画を実施した。J-WAVE では、期間限定企画「TEAM J-WAVE ACTION FOR TOMORROW」を立ちあげ、リスナーである店舗や会社のサービスを番組内やCM、特設サイトで紹介。コミュニティFM放送局、渋谷のラジオでは、「渋谷のラジオ オープンマイク みんなの渋谷みんなの声 ~ラジオを通じて渋谷のお店を応援しよう~」と題し、番組内で各店舗の情報を発信している。
   
J-WAVE LIVE

ライブは放送×配信で開催

J-WAVE が毎年夏に開催している音楽イベント「J-WAVE LIVE」。2019年は横浜アリーナを会場に3日間にわたり盛大に開催されたが、20年は新型コロナの影響で有観客での開催を断念。代わりに「#音楽を止めるな」プロジェクトの傘の下、9時間のラジオ特番としてライブを放送し、リスナーから大きな反響を得た。放送後にはライブ映像を有料配信し、関連グッズつき視聴券も販売するなど、ビジネスとして新しい手法をとることで活路を見出した。
   
AuDee、SPINEAR、poddog…etc.

ラジオ局独自の音声コンテンツ

2020年以降、ラジオ各局は独自の音声コンテンツ配信サービスを続々と開始している。TOKYO FMとジャパンエフエムネットワークによる「AuDee(オーディー)」、J-WAVEの「SPINEAR(スピナー)」、ニッポン放送の「poddog(ポッドドッグ)」などだ。J-WAVEの松尾氏によれば、「くり返し聴きたくなるような作品性の高いコンテンツが多く、ラジオ放送と差別化している」という。広告主が伝えたいメッセージをコンテンツに盛り込む新しいタイアップ企画など、ビジネスチャンスも生まれている。

ライフスタイルや趣味嗜好に合わせて、もっとラジオを楽しみたい。そんな人におすすめのインターネット経由でラジオが聴けるアプリや、ラジオの受信や録音ができる便利なギアを紹介する。

松尾 健司
1963年生まれ。中央大学卒業。
音楽好きが高じて学生時代からラジオ制作の仕事に関わり、フリー・ラジオディレクターに。2003年、株式会社J-WAVE に入社。プロデューサーとして多くの番組やイベントを制作。「J-WAVE 25 DIALOGUE IN THE DARK ~見えないものを見るということ~」で日本放送文化大賞、ジョン・カビラの番組「~JK RADIO ~ TOKYO UNITED」でギャラクシー賞や日本放送文化大賞などを受賞。現在は、「SAISON CARD TOKIO HOT 100」などさまざまな番組、音楽、映像、AR などをプロデュースしている。
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